13. 老年期と精神疾患
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1. 老年期の心の健康
1-1. 老年期とは
日本では65歳以上
2017年に日本老年学会は高齢者の定義を75歳以上に引き上げるよう提言している
平均寿命から衰弱・病気などによる介護期間を差し引いた期間
2017年は男性72.1歳、女性74.8歳
一般にヒトの健康度は加齢に伴い低下し、老年期の広範囲は自立生活が困難になっていく 1-2. 老年期の心理発達課題
老年期を迎えると、定年退職や子の巣立ちなどに伴い、壮年期までに担ってきた役割が劇的に変化する
その後、高齢となるにつれ、身体の衰えを強く実感するようになり、近親者などの死別を経験するなかで孤独感や自身の死への不安も高まっていく
この課題に直面し、成熟ないし円熟した人格を完成させる人もいるが、逆に心身の状態が不安定となる人も出てくる
1-3. 老年期に見られる精神疾患
数が多いのが、従来、外因性精神障害に分類されてきた、脳に器質的な病変が存在するか、脳以外の部位に生じた身体疾患に伴って精神症状が起こる場合 脳の器質的な病変で生じる疾患の代表的なもの
脳以外の身体疾患に伴ってしばしば生じる
老年期のうつ病や神経症には他の年齢とは異なる特徴が見られることがある
2. 老年期に見られる主な精神疾患
2-1. 認知症
一度正常に発達した知的機能が持続的に低下し、複数の認知障害があるために社会生活に支障をきたすようになった状態 ICD-10「通常、慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習、言語、判断等多数の高次脳機能の障害からなる症候群」 認知症の症状
わが国では2012年に認知症高齢者数が約462万人と推定された
認知症の有病率は65歳から5年ごとに倍増し、2025年には65歳以上の約5人に1人が認知症になるとの推計も出されている
認知症患者の8割が80歳以上で、80歳以上の患者の8割が女性とされる
疫学調査上、18~64歳までの間に発症し、調査時点で64歳以下の場合
罹患している人は約3.78万人と推定
現役世代ということもあり、特別な支援が必要と考えられている
近い将来認知症に移行する可能性が高い状態
1. 自覚的な記憶障害の訴えがあり、
2. 明らかな記憶障害が存在するにもかかわらず、認知症の診断基準を満たさない状態
記憶以外の認知機能は正常で日常生活の能力もある状態
MCIと診断される患者数は2012年の時点で約400万人と推定
認知症は単一の疾患ではなく、様々な疾患が呈する症候群
認知症の多くは3~15年で末期に至る進行性の経過をとるが、正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫などによって生じた認知症状態は手術により回復する場合がある 認知症の診断
認知症を診断するには、問診、身体的診察、神経学的診察を行い、必要に応じて、認知機能検査、脳画像診断、血液検査などを行う
精神科領域の他の疾患と同様、認知症の診断においても問診は非常に重要
認知症の中核症状の有無やその出現の経過等について本人のみならず、家族などからも注意深く聞き取るようにする
本人に質問する際は、病気の自覚がない人も少ないため、不安を高めることがないよう、穏やかな雰囲気を保つことを心がける
認知症の存在の有無をチェックするスクリーニング検査
30点満点中20点以下の場合、認知症の可能性が高くなることが知られている
スクリーニングテストの結果だけで診断を下してはならない
MMSEやHDS-Rには簡易に実施できる利点があるが、実際には認知症であるのに基準点より高い得点を示す場合がある(偽陰性) その他認知症の有無を比較的簡便に判別する方法
食事、整容、更衣、入浴、排泄など
評価
家事、買い物、服薬管理など社会生活に必要となるもの
老研式活動能力指標などがある
診断に用いられた尺度の多くは、認知症の経過を評価するためにも使われる
この他の尺度
介護者の情報を基に生活機能全般を評価する
認知機能障害や生活障害を総合的に評価し、必要なサービスを明らかにすることを目的として開発された
DSM-5ではより幅広く認知症を診断できるようにするため記憶障害が必須項目から除かれた さらに、認知症状をもたらしている背景疾患を特定するためには、神経学的検査とともに、脳画像診断や血液検査などを行う特に、正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫の場合は、脳画像診断が決め手となるので、認知症を疑う場合、頭部CTやMRI検査を実施することが必要 https://gyazo.com/7fbbfc4ed954aa0d23878b129e823d1f
認知症を呈する主な疾患
わが国では、アルツハイマー病による認知症状態をアルツハイマー型認知症と称することが多い 本項では、これらの呼称をほぼ同義ととらえてADと略記する
ADに罹患すると、脳細胞が変性脱落し、その結果、脳は進行性に萎縮する ADは、一般に緩徐に進行する経過をとる
記憶障害のみの場合、通常、日常生活は自立している(MCIの段階)が、見当識障害や種々の高次脳機能の障害があらわになるにつれ、様々な支援が必要となっていく 高度の認知症では自身の名前や顔を認知できなくなり、5〜10年の経過を経て合併症で死に至ることが多い
認知症の鑑別上、ADでは、しばしば、MRI検査で海馬領域の萎縮が認められるが、必ずしも特異的な所見とは言えない アミロイドPETや髄液その他による診断の開発普及が待たれる 目下のところ、ADを根治させる治療法はない
認知症とパーキンソン病が合併する場合が少なくないことは以前から知られていた 認知症を伴うパーキンソン病
パーキンソン症状が先に発症した場合
認知症の発症が先行した場合
しかし、両者はともにα-シヌクレインというタンパク質が脳内に蓄積した結果生じる、病理学的には同一の疾患であることが明らかとなっている DLBは、小坂らによるレビー小体病(1980)の提唱から発展して、1996年、臨床病理診断基準が学術雑誌に掲載されて広く認知されるようになった DLBの症状
認知症の諸症状
他の特徴的な症状
注意や覚醒レベルの変動を伴う認知機能の動揺
繰り返し出現する具体的内容の幻視
これらの症状は発症時にすべて認められるとは限らない
記憶障害は初期には目立たない場合があり、MMSEやHDS-Rでは偽陰性となることも少なくない
目下のところ、根治させる治療法はない
症状に応じて薬物療法が行われる
VaDの原因
高齢者の脳には、ADの病理所見と血管性障害が同時に認められることが多く、脳の小血管にアミロイドβが沈着する脳アミロイド血管症では、ADとの関連が深いと考えられている VaDでは、その血管が栄養している脳部位の機能が障害される
このため当初から片麻痺や、失語をはじめとする高次脳機能障害の症状を伴うことがある他、血管病変によって障害される部分が事例ごとに異なり、非侵襲部分の機能は保たれることから「まだら認知症」と呼ばれる状態を呈することが少なくない また、ADの患者と比べて、病気のつらさや不安・抑うつの訴えが強い傾向があるとされる
脳血管障害があり、認知症発症との時間的関連があれば診断は比較的容易
時間的関連が明らかでなくとも、MRIやCTなどの画像病変の特徴と症状を対比して診断がつくことが多い
ただし、過度の降圧は白質病変を悪化させる恐れがあるといわれている
3つのタイプからなる
主に行動が障害される
言語と行動の両方の障害が認められる
言語の障害が中心
この疾患概念は比較的新しいが、その中核はこれまでピック病と言われてきた病態 FTDでは、脳の前頭側頭部の機能が低下することから、他の認知症性疾患とは異なる症状を呈する 初期から無関心・自発性の低下が認められる
他者との共感性の欠如
脱抑制的な行動や反社会的な行動
常同行動や毎日同じものを食べるなどの食行動に関するこだわり
また、若年性認知症に分類される割合が高い点も他の認知症と異なる
脳画像診断では、前頭葉と側頭葉に局限性の強い萎縮を認める
「行動異常型」と「意味性認知症」は2015年から指定難病に認定されている 認知症の治療とケア
現時点で、ADをはじめとする認知症に根本的治療法はないため、本人の残存する能力を活用し、少しでも長くその人らしく生活を送る援助をすることが目指される
本人が可能なことには自己決定を促し、能力を超えることに対しては本人のことをよく知るものが本人の意志を反映した選択を行うことが理想となる
このうち、回想法は、以前の写真や過去に使用された日用品などを見ながら過去の記憶を整理し、今生きていることを実感することを狙って行われるもので、しばしばグループで行われる
BPSDに対しては、まず環境の調整や非薬物療法による改善を模索することが望ましい 夜間不穏や介護拒否・介護者への暴力などが生じる場合には、一時的に漢方薬などを含む薬物が処方されることがある
何よりも大切なことは、ケアする人とされる人が良好な関係を保つこと
しかし現実には、関係が悪化し、疲弊から心ならずも虐待行為を行い自責感から心中を考えるに至る家族介護者がいることが報告されている
こうした家族に対しては、100点満点の介護はできないと言って介護者のつらさをねぎらいつつ、重度の認知症患者でも快不快の感情が残っていること、本人の望みを汲む努力を続ければBPSDが改善する場合があることなどを伝えていく必要がある
また1人で頑張らずに、地域の支援者などに相談していくように繰り返し伝えていくことが必要
2-2. その他の老年期に見られる精神疾患
また認知症患者も特に夜間などにせん妄を合併することがある
その他、薬物の影響や集中治療室などの環境によって惹起される場合もある
このような場合、開瞼していても、記憶や計算力は低下し、後で記憶の欠損が生じている
高齢者がせん妄を呈した場合、認知症やその悪化と見誤らないよう注意が必要となる
老年期のうつ病の発症には生活習慣病、運動機能低下、脳卒中、認知症、薬の副作用などの身体的要因や、配偶者の死亡、社会的役割の喪失、将来への不安(身体的、経済的、人間関係)、孤立無援状況などの心理・社会的要因が複数関与していることが多い うつ病の発症に寄って、さらなる身体機能の低下や社会機能の低下をきたし、寝たきりになることもある
老年期のうつ病では執拗に身体症状が訴えられることが多く、他の身体疾患、薬の副作用などと鑑別が困難なこと
また、何を聞いても「わからない」と回答することがあり、認知症との区別が困難な場合もある(仮性認知症) 治療にあたっては、薬物療法とともに、身体面、心理面、生活面への細やかな配慮が大切であり、常に自殺の危険があることを忘れないようにする 高齢者の中には、心気的となり、些細な体の不調を延々と訴える人がいる
そうした背景には、次第に衰える身体に対する不安や、身近な人が少なくなり、孤独感を募らせている場合がある
入院中、何度も同じ事を言うことから認知症が疑われたが、実際は心気症と診断された老婦人の事例があっったり、執拗に大腸がんで死ぬと訴え心気症と思われていた老婦人の訴えが実はうつ病の心気妄想であった事例もある なお、老年期には以下の妄想性障害も認められる
社会的に孤立している女性に多く「周囲から攻撃される」などと訴える
皮膚感覚の違和感を「皮膚の下を寄生虫が這っている」「筋肉が下に向かって落ちていく」などの独特の表現で訴えるもの
2-3. 老年期に見られる精神疾患に対する治療とケア
基本的には成人期と同様であるが、高齢者は薬物代謝機能が低下する傾向があることに加え、複数の慢性疾患を有し、多剤治療を受けていることが少なくないため、副作用が出やすいことに十分に注意を要する 薬剤によっては、高齢者への処方量を成人期より減量するよう指示されているものもある
特にベンゾジアゼピン系薬剤の慢性投与は転倒・骨折のリスクを高めるため、避けなければならない 高齢者に対する精神療法は、心身の衰えや孤独感、経済的な不安などを十分傾聴し、本人のストレングスを強調する支持的精神療法が向いている
不安の背景に現実の生活課題がある場合には、必要に応じて、その解決を支援するようにする
認知症ではなくても、高齢者の精神疾患患者のケアで困憊している家族もいることから、デイサービスなどの福祉サービスの利用を勧めるなどして、顔↑宇野介護者の燃え尽きを防ぐことも重要になる